鏑川白鳥を守る会

高崎市南八幡地区を流れる「鏑川」(北緯36度16分20秒、東経139度3分25秒)に、飛来する白鳥たちに綺麗な環境で越冬してもらおうと、2007(平成19)年に会員250人で結成された環境保護団体『鏑川白鳥を守る会』(会長:高橋聡)の飛来数調査及び活動報告ブログです。

カテゴリ: 鏑川いろいろ

飛来するハクチョウ
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川藻を食べるハクチョウ
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オオタカ
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シラサギを食べるオオタカ
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コハクチョウの親子

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「コハクチョウ」は、黄色の部分が、くちばし全体の半分以下です。


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オオハクチョウ
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「オオハクチョウ」は、 くちばし全体の半分以上が黄色です。

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アメリカコハクチョウ
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 アメリカコハクチョウはコハクチョウよりもくちばしの黒色の占める割合が大きく、付け根の部分がわずかに黄色です。アメリカコハクチョウは北アメリカ北部で繁殖し、日本へはごく少数が冬鳥としてコハクチョウの群れに混じって渡来します。

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高崎市木部町の鏑川白鳥飛来地の北方に小さな社(やしろ)の長命稲荷大明神があります。このような神社は全国に約8万社あるとされ、そのうちの約3万社、つまり全体の四割弱の神社が稲荷によって占められています。その頂点にたつのが京都の伏見稲荷大社です。その創建は非常に古く深草一帯を開拓した渡来系氏族の祖、伊侶具秦公(いろぐはたのきみ)という者が弓矢で餅の的を射ようとした際、その餅が白鳥となって飛び去り、舞い降りた山の峰に稲がなったという話を伝えています。この「稲成り」の物語が稲荷大社の社名の由来となり、神階(神の位)は天慶5(942)年、正一位にのぼっており、旗や幟に描かれた「正一位稲荷大明神」の文字はこれに由来します。また、初代神武天皇から数えて12代目の景行天皇の皇子である大和武尊が30歳で没しました。天皇は深く悲しみ、遺体を伊勢国の能褒野(のぼの)の陵(みささぎ)に葬らせました。そのとき、大和武尊は白鳥となって大和をめざし飛んで行ったそうです。そして、この白鳥が降り立ったとされる場所には白鳥神社(東かがわ市)が建てられています。
出典:日本の神様・仏様 まるごと辞典(廣済堂文庫)

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 6月鏑川の状況
 鏑川白鳥飛来地上流での新鏑川橋に伴う橋脚及び橋台工事が終わり、河川周辺の環境整備が完了しました。現在は、木部町地内のバイパス工事(160m)が進行中です。                                                                 過去の記事:新鏑川橋の橋台工事始まる
鏑川白鳥飛来地の状況
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飛来地上流の状況
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新鏑川橋の橋脚及び橋台
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バイパス工事の状況
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 鏑川白鳥を守る会

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  秋の七草さがし
 
   鏑川周辺での「秋の七草」さがし。
  
  秋の七草を山上憶良が万葉集で「秋の野に 咲きたる花を指折り かき数ふれば 七種の花」と詠んでいます。また、七草を「 萩の花  尾花 葛花 なでしこの花 おみなえし また藤袴 朝貌(桔梗)の花」とも詠んでいます。秋の七草は花が中心の、目で楽しみ・秋の風情を詠む花のようです。

                                         萩(はぎ)
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山名町イーストタウン東側の鏑川堤防北

尾花(おばな)
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山名町光台寺西側の民家等多数あり

葛(くず)
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鏑川及び烏川の河川敷内に多数あり

 撫子(なでしこ) 
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山名町の民家

女郎花(おみなえし)
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山名町学童クラブ西側の畑・民家(2軒)に有り

藤袴(ふじばかま)
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山名駅東側の民家(青花フジバカマ)・山名郵便局東の民家等

桔梗(ききょう)
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山名八幡宮境内弁財天池

                    秋の七草      

桔梗(ききょう)      萩(はぎ)           尾花(おばな)
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    葛(くず)         藤袴(ふじばかま) 
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                                                          女郎花(おみなえし)     撫子(なでしこ)   
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